民法条文研究4:代理(その7:110条)

代理~その7~です。

今回は110条=権限踰越の表見代理を検討します。

一.110条の条文

(権限外の行為の表見代理)
第110条  
 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。

①具体例

AはBに、A所有の土地についての賃貸借契約に関する代理権を与えていた。ところが、Bは、Aの代理人として当該土地をCに売却した。CはBに代理権があると過失なく誤信していた。
(代理人の権限踰越)

本人(A)としては「頼んでもいないこと」を勝手にされたわけで、
一方、相手方(C)は「信じたんだから契約通りして」と言いたいわけで。。。

②要件

 ⅰ)代理人に基本代理権(☆)がある
  ⇒なんの権限もないのに「超えている」とはいえません。


 ⅱ)代理人の権限外の行為
  ⇒権限外の行為をする代理人を選ぶ本人の帰責性が必要です。


 ⅲ)相手方が代理権ありと信じる(善意)


 ⅳ)かつそう信じることにつき「正当な理由」があること(無過失)
  ⇒ろくに調べもせずに「よこせ!」というのも厚かましいですね。 

 ☆基本代理権

(原則)公法上の代理権は基本代理権にあたらない(例)印鑑証明書下付申請行為の委任

(例外)一方で、公法上の代理権ではあるが、私法上の取引の一環としてなされる場合は、基本代理権にあたる、と判示しています。(例)登記申請行為の委任

※公法上の代理権は本人にとっては、私法上の取引の一環ではない(=すなわち権利義務関係を発生させる意図がない)のが通常なので、110条適用の前提としての「基本代理権たりえない」と考えるべきであるが、「登記移転手続きの委任」のような、公法上の代理権であっても、私法上の取引行為の一環としてなされるものは「代理権の濫用」が起こりかねないものといえる。このような濫用があった場合に「正当な理由で信頼した第三者の利益」を損ねては代理制度の信用にかかわるため、上記のような判断になったものと考えられる。

☆「第三者」=無権代理行為の直接の相手方をいい、転得者を含まない
 表見代理の制度は代理人を信頼した「相手方」の利益を保護するために存在するため

③効果

 相手方が代理人の権限踰越について善意かつ無過失
 ⇒ 有効な代理行為があったものとして本人に履行を要求できます。

 権限を超えて法律行為をしてしまうような代理人を選んだ本人の落ち度を根拠に、本人の利益の犠牲の上で、有効な代理行為と信じた相手方の保護を図ります。

二.法定代理と110条

法定代理は110条の基本代理権たりえるのか

大審院連合部(いまでいう最高裁大法廷)昭和17年5月20日の判決を参照

※110条(権限踰越の表見代理)は法定代理にも適用される。

→ただ、近時においては、「法定代理には本人による代理人選任に関する帰責性が低く、権利外観法理に照らすと本人の帰責性の小さい法定代理は110条の基本代理権たりえない」という有力な見解もあるようです。

三.日常家事債務と110条(夫婦の一方による代理行為)

この事例は夫の土地を妻が勝手に売ってしまったところ、第三者が「奥様には旦那様の土地を売る代理権があると過失なく信じたのだから土地を引渡してほしい」と訴えた事件です。

それぞれの言い分はこんな感じでしょう。

ⅰ)Aの立場:妻(B)が勝手にオレ(A)の土地を売った。オレにそのつもりがない。返せ。

ⅱ)Cの立場:夫婦間には「日常家事債務の相互代理権」がある。今回の土地取引は「日常家事債務」と過失なく信じた。したがって引渡せ。

どちらも正論なんで困りますね。裁判所に頑張ってもらうしかありません。

ⅲ)論点

1)民法761条は夫婦相互の(法定)代理権といえるか
2)民法110条は法定代理を基本代理権として適用され得るか
3)土地の取引は日常家事債務か
4)民法761条を根拠に民法110条の適用で善意かつ無過失の第三者が保護されるか

それでは個々にみていきましょう。

1)民法761条は夫婦相互の(法定)代理権といえるか

(日常の家事に関する債務の連帯責任)
第761条
 夫婦の一方が日常の家事に関して第三者と法律行為をしたときは、他の一方は、これによって生じた債務について、連帯してその責任を負う。ただし、第三者に対し責任を負わない旨を予告した場合は、この限りでない。

ⅰ)判例はこの規定を、「本条は、夫婦相互に【日常の家事】に関する法律行為につき他方を代理する権限を有することをも規定している。」判示している(昭和44年12月18日)。

ⅱ)この条文の文言上は「代理」という言葉を使っていないものの、夫婦生活を維持するうえで様々な便宜を図るための法定代理と解することは必要と考えるべき。

→例えば旦那名義の新聞代を集金係が妻に請求して代わりに払ってもらうのは当然と考えられますよね。

2)民法110条は法定代理を基本代理権として適用され得るか

相互代理の範囲はあくまで「日常の家事」に限定すべき(110条の基本代理権にしない)。

→なんでもかんでもすべての権限を夫婦の間で認めてしまう(761条を110条の基本代理権として権限踰越の表見代理を認めてしまう)と夫婦の財産的独立(762条の趣旨)をないがしろにしてしまうおそれが高いです。

(夫婦間における財産の帰属)
第762条
  夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。
2 夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する。

「日常家事」の範囲ということについて最高裁は、「個々の夫婦によって異なるが、単に夫婦の内部的な事情やその行為の個別的な目的のみを重視して判断すべきではなく、さらに客観的に、その法律行為の種類、性質等をも十分に考慮して判断すべきである。」と判示しています。

→普通土地の取引を日常のことと捉えるのは少し無理がありますね。

でも、ひょっとすると、夫婦間で「ベビーカー欲しいね」と話し合っていて、夫がたまたまAmazonでベビーカーを代引きで買ったけど、ダンナ不在で妻が在宅していたら妻が代わりに払うことはAmazon的には日常家事と過失なく判断することになりますね。

4)761条を根拠に110条を適用して相手方を保護することは可能か

以上を本件について当てはめてみましょう。

ⅰ)土地の売却行為は日常家事債務とは認めづらい(761条の適用は否定)

ⅱ)761条を基本代理権として110条の適用も否定(夫婦の財産的独立に反するおそれ)

→だって、こんな高い買い物を日常的にしているとは言い難いですね。
→夫婦間は何でも表見代理なんてしてしまうと、ダンナさんがフラっと寄った不動産屋さんで、「土地買っといたからオマエのお金で払っておいて!」なんて日常が繰り広げられます。こわいですね。

ⅲ)ただ、事案の特殊性や当事者間で、土地取引が「客観的に、法律行為の種類、性質等をも十分に考慮した」結果、相手方が「この夫婦の間では土地取引も日常家事債務にあたる」と過失なく信じたのであれば「110条の直接適用はない」が、「110条の趣旨を類推適用」して相手方の信頼を保護する必要性もある。

→個別の事情として、本当に「土地取引が当該夫婦間では日常的なことでお互いに代理権を与えていたんだ」と信ずるにつき正当な理由(無過失)があればよいのですが、土地を取引するような人は慎重にお互いの意思を確認するでしょうから、事実としてこの善意無過失はほぼ認められないといっていいでしょう。

 しかし、裁判所は「本当にそう思える時は相談して!110条の趣旨を類推適用して利益は守るから」と判示しています。メデタシメデタシ。。。。

次回は112条です。

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